「通関士の仕事は、将来AIに取って代わられてしまうのだろうか…?」
AI技術の目覚ましい発展を目の当たりにし、貿易業界唯一の国家資格である通関士の将来性について、漠然とした不安を抱いている方も少なくないでしょう。
結論から言えば、通関士の仕事が単純にAIに奪われて「なくなる」わけではありません。しかし、AIの台頭によって仕事内容が大きく「変化」していくことは間違いありません。
この記事を読めば、なぜ通関士の仕事がなくならないのか、そしてAI時代に適応し、10年後も市場から「必要とされる」プロフェッショナルであり続けるために、今から何をすべきかが明確になります。
結論:通関士の仕事は「なくならない」。ただし「変化」への対応は必須
なぜ、通関士の仕事はAIに代替されないと言えるのでしょうか。
それは、通関業務には法律の専門的な解釈や、予期せぬトラブルへの対応、そして人間同士のコミュニケーションといった、AIには到底真似のできない高度な判断が求められるからです。そして何より、AIには代替不可能な「法的な責任」が伴うからです。
通関士の独占業務については、こちらの記事で詳しく解説しています。
通関業法 第十四条(通関士の審査、記名)
通関業者は、その通関業務に関し税関官署に提出する申告書等のうち当該通関業務の適正な遂行のために特に重要なものとして政令で定めるものについては、これを通関士に審査させ、かつ、これにその通関士の記名をさせなければならない。
この「記名」は、書類の適正性を法的に保証し、全責任を負う行為です。万が一申告内容に誤りがあれば、追徴課税はもちろん、貨物の価格を誤れば「脱税」、品名を誤れば「密輸」とみなされ、輸入者に刑事罰が科される可能性すらあります。法的責任を負うことのできないAIに、この最終判断を委ねることはできないのです。
一方で、すでにAI技術(AI-OCRやRPA)による定型業務の自動化は急速に進んでいます。例えば、住友倉庫や福山通運といった大手企業では、インボイスやパッキングリストといった書類から情報を読み取るAI-OCRが導入され、転記作業が大幅に削減されています。また、RPAの活用により、NACCS(輸出入・港湾関連情報処理システム)への登録業務を自動化し、年間1,000時間もの作業時間を削減した事例も報告されています。
これからの通関士は、こうした変化の波を正しく理解し、AIを「脅威」ではなく「パートナー」として使いこなす視点を持つことが不可欠です。
AIが代替する業務、人間にしかできない業務
具体的に、通関業務はAIによってどう変わっていくのでしょうか。「AIが得意なこと」と「人間にしかできないこと」を整理してみましょう。
AIが得意なこと(自動化が進む領域)
- 書類からのデータ抽出(AI-OCR): 紙の書類をスキャンし、必要な情報をテキストデータとして正確に読み取ります。大手物流企業の鈴与株式会社や藤原運輸株式会社など、多くの企業で導入が進んでいます。
- システムへの自動入力(RPA): 読み取ったデータをNACCSなどのシステムへ、人間の数倍の速さで間違いなく入力します。ある企業では、この自動化で年間1,000時間もの作業削減に成功しました。
- HSコードの一次的な提案: 膨大なデータベースを基に、貨物の品目に対応するHSコードの候補を瞬時にリストアップします。NECが開発した「AI税番判定サポート」などがその一例です。
- 定型的な問い合わせ対応(チャットボット): 「〇〇の書類はどこにありますか?」といった単純な質問に24時間365日対応します。
AIが苦手なこと(人間に残される領域)
AIはあくまで「過去のデータに基づいて最適解を出す」のが得意なだけであり、前例のない事態や複雑な状況判断、そして法的な責任を負うことはできません。そこにこそ、プロフェッショナルとしての通関士の価値が凝縮されています。
- 専門的判断力: AIが提案したHSコードが本当に正しいか、関連法令や貨物の実態を総合的に勘案して最終決定を下すのは人間の役割です。また、複雑化するEPA/FTA(経済連携協定)を解釈し、顧客の関税を削減する提案を行うこともAIには困難です。特に、製品が協定上の「原産地規則」を満たすかどうかの判断は、製造工程の深い理解が求められます。
- 交渉・調整力: 税関検査で担当官に商品の仕様を説明したり、予期せぬ輸入規制に直面した顧客に代替案を提示したりと、相手の意図を汲み取り、最適解を導き出すコミュニケーションは人間にしかできません。AEO(認定事業者)制度の取得支援など、企業のコンプライアンス体制構築をコンサルティングすることも、高度な調整力が求められる重要な業務です。
- 情報収集・適応力: 日々更新される法律の改正や、めまぐるしく変わる国際情勢を自らキャッチアップし、「これは実務にどう影響するか?」を予測して先手を打つ戦略的な思考は、人間の専門家ならではの能力です。
このように、未来の通関士はより高度な専門性が求められます。AI時代の通関士に求められる真のスキルセットとは何か、この記事でさらに深掘りしてみてください。
10年後も生き残る通関士に必須の5つのスキルセット
AIに単純作業を任せられる時代だからこそ、通関士はより付加価値の高いスキルを磨く必要があります。10年後も第一線で活躍するために、以下の5つのスキルを意識的に高めていきましょう。
スキル①:貿易コンプライアンスの専門性
AEO(認定事業者)制度の深い理解や、複雑化するEPA/FTA(経済連携協定)を正確に活用した関税削減提案など、企業の利益に直接貢献できる高度な知識は、AIには代替不可能な価値を持ちます。実際の求人市場でもこの専門性は高く評価されており、貿易コンプライアンスの経験を持つ人材には年収800万円を超えるポジションが提示されることもあります。
スキル②:コンサルティング能力
単に書類を処理するだけでなく、顧客のビジネスモデルやサプライチェーン全体を理解し、「この物流ルートなら、このインコタームズを使う方がコストを削減できます」といった一歩踏み込んだ提案ができる能力です。企業も単なる実務担当者ではなく、業務プロセスの設計や新規事業の立ち上げを担う人材を求めています。
スキル③:ITリテラシー
AIやRPAをブラックボックスとして恐れるのではなく、それらが「何ができて、何ができないのか」を正しく理解し、業務効率化のツールとして使いこなすための基本的な知識が求められます。
スキル④:語学力と国際感覚
貿易のグローバル化はますます加速します。海外の取引先や現地の税関、船会社などとEメールや電話で直接コミュニケーションを取り、微妙なニュアンスを汲み取って交渉できる能力は、今後さらに重要になります。多くの求人情報で、英語力が必須または歓迎スキルとして挙げられています。
スキル⑤:学び続ける力(生涯学習)
最も重要なのがこのスキルかもしれません。法改正、新しい貿易協定、最新のIT技術など、通関士を取り巻く環境は常に変化しています。昨日までの常識が今日は通用しない世界で、常に最新の知識へアップデートし続ける謙虚な姿勢こそが、プロフェッショナルとして生き残り続けるための最大の武器です。
まとめ:AIを「脅威」ではなく「最強のツール」と捉えよう
この記事の要点をまとめます。
- 通関士の仕事はなくならないが、定型業務はAIに代替され、仕事内容は大きく変化する。
- AIはデータ入力や一次提案は得意だが、最終的な専門的判断や交渉・調整、そして法的な責任を負うことはできない。
- 未来の通関士には、コンプライアンスの専門性やコンサルティング能力といった、より付加価値の高いスキルが求められる。
- 変化の時代を生き抜くために、生涯にわたって学び続ける姿勢が最も重要。
AIの登場は、通関士の仕事を奪う「脅威」ではありません。むしろ、面倒な単純作業から人間を解放し、より知的で創造的な業務に集中させてくれる「最強のツール」です。
これから通関士を目指す皆さんは、変化を恐れる必要は全くありません。むしろ、AIを使いこなして新たな価値を生み出す、未来の「貿易コンプライアンス・コンサルタント」としてのキャリアを切り拓いていってください。
具体的なキャリアプランを描くために、通関士の多様なキャリアパスについてもぜひ参考にしてください。
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